感謝する イシュワラプラニダラ(八支則-ニヤマ)

ヨガ

今日もヨガの八支則の中のニヤマ(日々の生活の中で心を整える5つの原則)について、最後の原則イシュワラプラニダナ(祈念)について、密山礼巳さんの「読むヨガ」を参考に、私の経験も交えてご説明したいと思います♪

ヨガスートラの内容は、ポーズの根源となるものの考え方です。ぜひ一緒に学びながら、ヨガで心豊かな人生を送っていきましょうね^^

イシュワラプラニダナとは

イシュワラプラニダナは、ヨガのニヤマ(Niyama)の一つであり、「祈念」を意味し、本来は「神に祈る」という教え。

ついつい私たちは「自分が一番えらい!」とおごった気持ちになったり、エゴを持ってしまう時があります。そんなとき、かつては「神という崇高なものに祈れば自分を戒められる」と考えられていました。イシュワラプラニダナは、湧き上がってくるエゴや執着を手放し、信頼と謙虚さを持って人生を歩むための教えといえるでしょう。

イシュワラプラニダナの実践

特定の宗教の習慣を取り入れている人以外では、日常生活で祈りの時間を持っている人は、あまり多くないように思います。しかし、私たち日本人はご飯を食べるときに「いただきます」と食べ物の命に感謝し、「ご馳走様でした」と食べ物にかかわってくれた人たちに感謝する、素晴らしい習慣を持っています。

自分という命は、自分の力だけで支えているものではなく、食べ物や私たちの周りにあるもの・人に支えられています。そのことを思い出し、感謝の念を持つことが、イシュワラプラニダナにつながると考えています。いつもより、すこし心を込めて「いただきます」を言ってみるのもオススメです!

また、密山礼巳さんは、さらに2つイシュワラプラニダラの実践について書かれています。

ひとつは、自分では操れない物事を受け入れること。たとえば、イベントの日に雨が降ってしまって、それを残念に思うことはしかたのないことですが、植物を豊かに育ててくれる雨に感謝の念をもち、自分では操れない物事への執着を手放し、心の波を穏やかにすることで気持ちよく生きられるとおっしゃっています。

もうひとつは、多くの命に支えられている自分自身も大切にしてあげることです。「行く言葉が美しければ、来る言葉も美しい」ということわざがあるように、人に対して傷つけるような言葉をつかわないことはもちろん、自分にも傷つけるような言葉はかけずに、「いつもがんばっているね」等のいたわりの言葉をかけてあげるようにしましょう。

自分の周りの自然・動物・人に感謝し、それに支えられている自分の心と体を大切にする。それがこのイシュワラプラニダナの実践につながっていくと密山礼巳さんは教えてくれています。

イシュワラプラニダナとヨガ

ヨガのポーズをとる時、「もう少し、上手にポーズができるようになりたい!」と、自分の限界以上の動きを自分の身体に強いてしまうことがあります。(私もよくあります^^;そして関節、筋肉を傷めてしまうことも・・・トホホ)

しかし、ポーズを練習する際に、完璧さを追求することがヨガのゴールではないことは以前お伝えしました。自分の身体も大切にしながら、ヨガの実践が自己の成長へつながると信頼しつつ、そのプロセスを楽しむこと自体が、イシュワラプラニダナの実践となると思います。

目に見える完璧さを手放し、内面的な平和を得ることを目指していきましょう!

まとめ

イシュワラプラニダナは、ヨガのニヤマの中でも精神的な教えの一つで、目では見えにくいものです。

穏やかで満たされた心を養うというヨガのゴールを目指すとき、自分で操れない物事への執着を手放し、周囲に感謝することが、言葉・行動・心を整え、周囲も自分も大切にすることにつながります。

ニヤマの5つの原則を日常に取り入れ、繰り返し学ぶことで、ストレスから解放され、より軽やかな心を保って、生活していきましょう♪

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